スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
あいうえお辞典 「う」
「う」海

童謡の「海」という歌が大好きな私は、

作詞者の林柳波はどこの海をみてこの詩を書いたのかを知りたくなった。

思いも寄らない結果。

彼の生まれを知って私は嬉しくなった。

 
群馬県で海はなかった。

 
深く納得させる答えだった。

もちろん、大人になり海の見えるどこかに引越したかもしれない、

あるいは旅をして海を見つめた後、書かれたかもしれない。

でももし万が一海を見たことがなくて、本当に憧れだけで書かれたとしたら。


私は生まれた場所だけを知った。


その後のことは私にとって知らなくてもいい事なのです。

私は海を見ずに書いたという望みに賭けてみたいのです。

これは林柳波の心の中の海の風景だから、どこの海でもないのです。

みんなの心の中にある海の風景とだけつながっている海なのです。



~解説~

海と言われて、その風景が浮かばないという人はたぶんいない。浜辺があって、水平線があって、青い海が広がっている。でも「その海はどこの海ですか」とといたら、「○○の△△海岸です」とはっきりと言える人は少ないと思うのです。それでいい。なぜかと言うといかに海の景色が心象的であるかということなのです。心が覚えている風景なのです。
不思議なのですが、山にはこの心象があまりないのです。山の景色は共有出来ないのです。それぞれ好きな山が違いますもので。
地球儀を見ていて気づいたことがありました。海はひとつだということです。全部つながっているのです。私たちはその一部をどこかで見ているだけ、周りの景色が違うだけなのです。瀬戸内海で見ているか、ハワイでみているか、みんな同じものを見ているのです。
海は人が行くことができる限界地点です。その先は歩いてはいけない。つづきは心の世界。
私は確信しています。林柳波は絶対に海を見ていない。さあ海へ出かけましょう。



いつもお読み頂きありがとうございます!
ポチポチッと応援ヨロシクお願い致します!

人気ブログランキング  
   ↓ ↓

 
スポンサーサイト
 
コメントの投稿
secret


トラックバックURL
http://makitten.blog34.fc2.com/tb.php/4-e7ae9cda

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。